2015年5月20日水曜日

5月の市場で


 「市(いち)が立つ」という言葉がある。市とは、「一定の場所と日だけに開かれ、商品販売が行われる公共の場所」である。だから常設の商店とは異なる。周知の通り日本ではそこから、四日市とか八日市という名前のついた町も生まれた。

 ドイツ国内でも日を決めて「立つ」市(マルクト)が沢山ある。私が訪ねたものの中には大聖堂の周囲のフライブルグ、ミュンスター、エアフルトの市、市庁舎前のローテンブルグ、ワイマールの市等があり、懐かしく思い出す。

 デュッセルドルフにも旧市街(アルトシュタット)のカールプラッツ(広場)にマルクトがあるが、これは私が1970年代に初めて訪れた時はすでに常設市場となっていた。面積は精々数十メートル四方だろう、その歴史は1950年代初めに遡る。この広場は元この地の貴族であるシュペー伯爵のもので、マルクトとして使用することを条件に市に寄贈したものだった。市当局はこれを受け昼間は市として、そして夜間は公共駐車場として解放することを決めた。

 








 
 その結果ここに店を開いた人は営業時間後自分の車(ワゴン)を商品共にライン河畔まで移動したのである。その当時周辺はすでに車の往来が激しく、渋滞や混雑は日常茶飯事で、朝晩の移動に大変な時間がかかった。幸い数年後すぐ横に駐車場が建設されたが、夜間はやはり広場を空けなければならず、ワゴンはその地下に駐車するようになった。これで時間が節約され、混乱も緩和されたが、商品運搬用エレベーターが故障したり、洪水時にワゴン搬出が出来なかったりで、営業ができない日もあった。

 







 
 駐車場が建設された後市当局はマルクトから手を引き、店主たちが自らGmbH(有限会社)を設立した。この頃からマルクトは広場からワゴンをまったく移動しない、日曜祭日を除き年中無休の「常設市場」となったのである。
 
 常設ではあってもそれは「青空市場」であることに変わりはなかった。天気の良い日は結構だが、一旦雨降りとなると足元の悪さから客足が遠のき売り上げもグッと減るのは当然。市全体を覆う屋根を作ることは店主たちの切なる念願であった。それが遂に実現したのは1998年のことであった。













 屋根設置のため必要となった日数はほぼ半年の170日、その間すべての店が市立劇場前で仮営業を行ったが、売り上げは半減ならまだしも78割減という店もあった。カールプラッツがいかに市民に馴染み深い広場であるかが良く分かる。

 古巣に返っても最初はあまり評判が良くなかった。「昔の風情がなくなった、客足も遠のいた」とメディアに叩かれた。出来上がった屋根も,当事者たちが計画していたものとかなり違い落胆も多かった。やっと元の状態に戻るのに1年以上の時間を要し2000年代に入っていた。

 今ある店の形態がまちまちで、私も含め訪れる客にとってこれが面白く思われる。野菜や果物のためには伝統的な屋台が圧倒的に多い。以前毎日のように移動を余儀なくされたワゴンは車付きで、常設となった今もそれは取り外されずそのまま使っている店(中にはパンクしたタイヤがついたまま!)も少なくない。しかし大きく変わったのは、精肉、鮮魚、乳製品等を販売する店で、冷蔵、冷凍設備が義務づけられたことから立派な構えの店が増えた。花屋も、朝晩花を遠く離れた冷蔵所から運ぶ労力を省くため冷蔵装置つきのものが出現した。店は一定面積内に収まれば形や色も自由に選べるので、ガラスを多く使った鮮やかでモダンなスタンドが多く出て、古いワゴンと並んでいるのはユーモラスな感じがする。

 5月の快晴のお昼時、買い物客も観光客も近所のオフィスからのサラリーマンたちも、同じ広場と並んである青空レストランで昼食を楽しみに出て来る。カールプラッツは、連日そんな人々が集まる旧市街の中心地なのである。

2 件のコメント:

  1. 三千男さん。僕のような野菜音痴でも春の野菜や果物が並ぶお天気のいい「マルクト」は楽しいです。色々な街の市場の見学やぶらつき経験をしましたが、その土地の特徴も感じられ旅行者には、「あぁ旅に来ているな」と実感させ、印象付ける良い場所でもあります。トロントや二―スでの市場の印象は強く残っています。
    特に10数年前、6月にデュッセルドルフ訪問の時には、三千男さんにアルトシュタットでのマルクトもご案内いただき、ありがとうございました。懐かしい思い出になっています。少し年が経ちました。何かマルクトの感じは変わりましたか。あまり変化してもらいたくない、のが本音ですが。大阪の山さん

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    1. 旅先で、その土地の情緒溢れる野菜や果物に接しそれを買える市場は、本当に想い出に残るものですね。何年か前能登半島を旅した時訪れた朝市、手ぬぐい被りをしたおばさんの顔と新鮮な野菜等忘れることが出来ません。
      そうでしたか、あの時ここのマルクトをご案内しましたか。けろりと忘れていました。やはり時間と共に、車輪付きのワゴン車は消えて行く傾向にあります。ここには写真載せませんでしたが、まだ開店前の最新の店は完全なガラス張りの商店となっていました。あと何年かしたらその傾向はさらに進むことは目に見えています。避けられないことですが、残念ではありますね。

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