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2016年1月14日木曜日

宅配された野菜・果物


 最近スーパー等の店先に Öko(エコ)とか Bio(ビオ)とかという名前のついた商品が多く見られるようになった。もともとエコロジーとは生態学のことだが、それは自然環境を保護し、人間生活との共存を目指す考え方を表すものとして使われる。一方ビオの産物・製品は有機農作物や加工食品のレッテルをつけたものであり、自然志向をもつ健康ブームにのって食の安全や衛生面に敏感な消費者に訴える。

 







  先週末訪れた店で見た表示にはビオ、エコの両方が並んでいた!(上左の写真)この店の名前はLammertzdorfといい、ここからケルン方向20km弱のKaarstの町にある。そもそもの初めは、夫婦共働きをしている娘家族でBiolandの主宰する Ökokisteを利用している、と聞いたのが発端である。Bioland1971年創設の6000軒以上の会員(栽培・生産・販売・経営者)を有するドイツ最大のエコロジー栽培推進協会だ。そして彼らのやっているエコキステ(Ökokiste,英=Organic box)は、生産者と消費者を直接、定期的に結ぶ野菜・果物等の宅配サービスである。毎日忙しく働いている娘夫婦は5人家族のために買い物に行く時間が限られており不便をしていたが、このサービスを使い出して以来ずいぶんと助かっている、ということだった。

 







 Kaarst郊外にある Lammertzdorfは見事な農業栽培地の真ん中にあり、周囲は広大な畑で店に着くまでの道は樹木の並木道が数百m続いていた。店そのものは今まで見た同種の店の中でも最大の規模のもので、野菜果物は言うに及ばずビオ関係の商品(日本でも知られている自然由来成分使用のヴェレーダやDr.ハウシュカの化粧品)が所狭しと並んでいる。店内で30分ほど買い物をした後、我々はÖkokisteの申し込み手続きをした。これは先ず4週間だけの「お試し宅配」であり、我々は水曜日をその日と決めた。

 そして今日13日(水)に最初の箱(kiste)が届いた。前もって電話で問い合わせると今日の配達数は75軒ほど1時から5時間ほどでカバーする、うちは最初の配達日で慣れていないので、午後遅くなるといわれたが4時半には届いた。中味は掲載の写真の通り、リンゴ、タマネギ、ニンジン、ノヂシャ、それに白いニンジンの形をした冬の今が旬のPastinak(パーソニップ)が数本入っていた。野菜・果物以外では特注のチーズ2種と卵6個。全部で20€ちょっとの値段は順当だろう。箱の中味は店まかせでも良いし、顧客の希望により色々変えることも出来る。

 毎日の料理を担当する私としては、これだけの量のものを1週間で上手に無駄なく使わなければならない。特にドイツ特産でこれまで見たこともない,名前も知らないものをどう処理するかが大きな課題となる。上のパーソニップはスーパーで見かけはしたが自分で料理するのは初めてとなる。それでも「クックパッド」で探したらポタージュやスープに使うレシピーが見つかった。芋(特にサツマイモ)に似ているということで、醤油と蜂蜜を使って大学芋ができそうで、これはぜひトライしてみなければ!

 











 注文品の野菜を使ったレシピーも請求書の裏に印刷されて届けられるので、未知の材料を前にして途方に暮れることはなさそうだ。箱の底に入ったLammertz akutuellという新聞には、野菜の保存法等とかいろいろな役立つ助言が載っている。とにかく新鮮な地方栽培の野菜・果物を絆として、栽培者、生産者と消費者を直接に結ぶエコキステはさらに広く普及して欲しいものだ。次はどんなものが届くのか、水曜午後の配達が楽しみだ。

2016年1月8日金曜日

難民問題その後


 ドイツ西端のこの辺りの新年は、時には雨模様にもなったが気温10℃前後で割合温暖に明けた。しかし北東部では寒波到来、アウトバーンも凍てつき事故が続発した。中でも一番その寒さの影響を受けたのは避難民たちだった。

 数日前のニュースではブレーメンの難民住宅の暖房・電気が雪のため断絶し,多くの人が別の宿舎に移動しなければならなかったことが報道された。ある学校の体育館に移された難民の子供たちは体温を保つためサッカーボールを蹴っていたが、そんな楽しかるべきスポーツも嬉々として興じることが出来ない様子が映し出され、むしろ悲惨な感じが漂っていた。

 経済大国ドイツでは難民が快く受け入れられ、宿舎が用意され、その上なんらかの経済、医療、教育の援助が与えられると知った難民が押し寄せ、ドイツ流入の数もいよいよ110万人に達したようで、政府のその後の難民政策も再考を余儀なくされている。特に小規模の町村では「もう援助に支出する金が底をついた!」と嘆く声がしきりだ。農村地ミュンスターランドのある村では、住民の数より避難民のそれが多くなったという例さえあるのだ。

 我が家からわずか1kmの所にあるNordpark(北公園)の南端に出来た簡易住宅に、年末の12月になってやっと難民が入り始めたようだ。全部で200人は収容出来るはずだが年が明けた今も人影はまばらで、子供の姿は見かけるが大人はほとんど目につかず閑散としている。その辺りの道は以前市民はめったに行かなかったが、最近は物珍しいのか散歩をする人の姿が多くなった。そこの道で先日そばを歩いている若い人の「ここに我々の金を掠めとりにやって来た奴らがいる!」という言葉が耳に入った。難民到来の初期の頃の「ドイツは難民を歓迎する」という雰囲気はかなり変わりつつある、と言わねばならない。


 それでも避難民援助のためいろいろな活動が行われている。及ばずながら手を貸す道はないのか、と我が家でも話し合った。以前宿舎の門前で市職員に「うちにある自転車とか家具、古着をここへ寄付出来ますか」と訊いたことがある。答えは「直接持って来て手渡すことは許されないので、担当の救助団体などを通して下さい」というものだった。インターネットで調べると、カトリック系のCaritas、プロテスタント系のDiakonie、ドイツ赤十字社等その方面の情報は沢山見つかった。現金の寄付には銀行口座いくつか、物品の寄付には受け取る団体名が記されている。ボランティアとして働きたい人は、医療、看護、教育、保育、手工業等々の分野の特技を持った人が望まれることが判った。通訳はアラビア語やイラン語系、またFarsiとか、聞いたこともないような特殊な言葉がわかる人が求められている。時間はあるので私も出来れば出かけたいと思ったが、どうやら資格不足のようなので諦めざるを得ない。

 我が家でも寄付をしたい、と妻が関係団体にメールしたらすぐに返信が来た。それによると現在必要とされているのは、男性用衣服S-M、サイズ42以下のスニーカー、幼児・子供服、おむつ、フライパン、鍋、皿、コップ、カトラリー等、但し良い保存状態のものという条件付き。自転車も粗大ゴミ同様のものはかえって迷惑になるので、状態を調べてから受け取る由。このように具体的に判ると寄付をするのも容易になったので早速手はずを整えたい。

 昨夜のTVニュースはまだシリア本国にいる人々の悲惨な状態を報道していた。瓦礫の中でもう長期間飲み食いするものがなくやせ細った人々、特に子供たちの姿が思わず目をそむけたくなるほど哀れだ。いつになったら人間は憎しみの心を捨て、戦争という愚かな行為を止め、平和に暮らすことを学ぶのだろうか?

2015年12月31日木曜日

仕事納め


 今年も残すところ今日一日となった。このブログも全部で66投稿となり私には年間の新記録だが、平均にすれば月5.5投稿であり大したことはない。友人・知人の中には毎日欠かさず書いている人もいるが、 いつも書くテーマを見つけることに苦労する私には、そんな真似はとうてい不可能だ。これは観察力に欠け、物事を深く考えなで日々をのほほんと過ごしている証拠なのだろう。

 今年冒頭のブログは「年頭の新作品」と題し、マチ付きバッグ、キャラメルポーチ、フラットバッグ等を載せている。これはすべて「裁ほう上手」のボンドを使って布を貼った作品だった。その後はほぼ1年この接着剤は使わなかった。

 ちゃんとした人間の着られるシャツやブラウスは、6月と8月に自分自身のYシャツと妻のブラウスを縫っただけで、後は孫の人形着せ替えドレスや我が家のソファー用クッションの小物ばかりだった。

 3月に帆布やゴブラン織布を使ったバッグを載せているが、今年はこのバッグ類だけは多量制作した。その数は1520点に達したか?そのほとんどはプレゼントとして差し上げてしまったので、手元に残っているのは数点のみだ。










 12月初め日本出張旅行に出かけた妻に、「年頭の新作品」に載せたマチ付きバッグを私の妹へのおみやげとして託した。それが思いがけなく好評?で素晴らしいと褒められ有頂天になった!また何か作らなくてはという気が起こり、デパートの生地売り場へ出かけることになった。この辺りがかなりのお調子者なのだ。そこで見つけたものは…。

 渋い膿黄色でほとんど金色の味わいもある生地、幅1mそこそこなのに20/mで少々高いが、これは!と飛びついた。不思議なもので、売り場で良い生地が目に止まると直ちに、これを使ってあの製品を!と即断できる。これなら大きい方のサイズのマチ付きバッグに使えば最高だと。人気の生地なのか、残りが75cmしかない。売り子のおばさんに「残り布だから安くしてよ」と交渉して60cmで計算してもらった。裁断している時にMade in Japanの印を見つけ驚いたり、喜んだり。

 マチ布を買った時売り場のおじさんが「バッグ作りなら、洋服用より厚い接着芯地がありますよ」とアドバイスしてくれた。これは初めて使う材料だったが、出来上がりの具合はしっかりして素晴らしく良い。75cmの残り布は外側・裏側に使ったが、バッグ2点に十分だった。

 革製の持ち手とそれをとめる金属リベット、口のマグネットホックとかなり材料費はかかったが、なんとか今年最後の作品(針糸は使わない貼り作業の)が2点出来上がった。今年の初めと終わりが同じような作品となったが、これを今年の仕事納めとしよう。

 それでは皆様、良い新年をお迎え下さい!来年もよろしくお付き合い下さい。


2015年12月28日月曜日

クリスマスが終わって…


 12月24日正午すぎ、車を2時間飛ばしBielefeldの娘宅についたのが2時半。それから駆けつけた教会はすでに超満員。会堂の最後列辺りパイプオルガンの直ぐ前に空いた席を見つける。これでは聖誕劇のシーンは全然見えない。でも今年は3人の孫の誰も出演していないので一向に構わない。

 プログラムは例年通り、場面1=皇帝アウグストスの勅令−賛美歌(会衆)、場面2=ヨセフとマリアの旅行とベツレヘムでのキリスト生誕−賛美歌、場面3=羊飼いの来訪−賛美歌、場面4=天使と賛歌グローリア−賛美歌、場面5=東の国の博士の到来−賛美歌。聖書の記事はこれ位だから場面を増やすこともない。これが約30分ほどで終わり人々はそれぞれ家路につく。普段はめったに教会に来ない人が多いのは、日本の初詣と似ているところがある。

 







 
 我々のイブの家庭プログラムは先ずホームコンサート。と言っても大袈裟なものではなくレコーダーでキャロルを23曲演奏し歌うだけ。次女のマレーネはアルトレコーダーの指使いをよく覚えて、ソプラノと混同させることがなくなったのには感心した。

 












 
 そしていよいよBescherung(プレゼントの分配)。親たちは何週間も前に買い物を終え準備する。買い物するお金のない子供たちは自分の手で描いた絵や手芸品を、きれいな包装紙に包み大人たちにプレゼントする。これもかなりの努力を必要とすることだ。子供のためのプレゼントアイディアにはいつも困るのだが、今年は流行のOnesieワンジーが目玉となった。しかしこの室内着かパジャマのようなものは、本場のイギリスやアメリカのように外出着として、また寝間着として使うことは娘夫婦は孫たちに禁じたそうだ。










 イブのご馳走は子供たちのリクエストでラクレットが準備された。ご存知アルプスの少女ハイジで有名になったチーズ料理で、写真のような家庭用器具があり,ラクレットチーズを上下に敷いて中にはマッシュルーム、ベーコン、ピーマン、コーンなど好きなものをいれて簡単に出来る。チーズが溶けて少し焦げたのが美味しい。茹でたジャガイモにチーズをからませるのもなかなかいける。食事とデザートの後は子供たちを寝かせ大人はしばらくのだべりの時間、今年はやはり避難民問題が話題となった。











 明けて25日クリスマスディーの昼食はおじいちゃんの出番となった。いろいろ考えたあげく、この一家は皆寿司がすきなのでパーティ寿司を用意した。ご飯を炊いて寿司飯を作りそれを型に抜いてその上にいろいろなネタをのせカナッペ風寿司にした。例として、スモークサモン、オイルサーディン、ゆで卵にイクラ、アボガドにパパイア、等々で飾ったら色鮮やかになった。本格的寿司が欲しい大人のために、ギリシャ人の魚屋でマグロとハマチを買って持って行ったが、12歳になった一番上の孫ハンナも日本の寿司の味を覚えたので、これが飛ぶように売れ一個も残らず完食となった!

 このようにして一家団欒で歌い、笑い、食べ、飲み、平和で楽しいクリスマスを送ることが出来たのを感謝している。

2015年12月20日日曜日

デュッセルドルフの避難民


 現在のヨーロッパを騒がせている問題は言うまでもなく東方諸国からの避難民問題である。彼らの大移動の波が始まった当初、ドイツが「歓迎」の意を表した時、隣接する東欧諸国にどんな混乱と批判が起こったか、連日のTVニュースが報道していた。

 ドイツのほぼ西端に位置しているここデュッセルドルフにおける避難民受け入れの状況は次の通りである。11月末の避難民受け入れ数は6500人ほどで、年末までにその数は70007700人に達すると見られている。そして驚くべきことにその3分の1は未成年者なのだ。中には保護者なしで非難して来た子供もいる。出身地は大多数がシリア、アフガニスタンであり、その他に東欧のセルビア、マセドニア,アルバニア、コソボとアフリカのナイジェリア、ギニアも含まれる。









 彼らを収容する宿舎はここに写真を載せたような簡易住宅であり、その一つのユニットは平均540㎡の面積を持ち40人を収容する。一カ所に宿舎5ユニットと管理棟を回りに設置し、真ん中のスペースは子供のための遊び場となる。









 そのような簡易住宅が町のあちこちで目につくようになった。今日の午後サイクリングを兼ねそんな場所を3つほど見て回った。そこで初めて避難民の人や子供に会い、また簡単な言葉を交わすことが出来た。こちらの顔を見ると「ハロー」と笑顔で話しかけて来る。スケートボードや自転車で構内を走り回り、砂場で遊ぶ様子はどのアパートとも変わらぬ光景だ。ただ周囲に金属の頑丈な塀が張り巡らせてあることを除いては。難民登録の後彼らは就学の義務があり、両親・保護者は最寄りの学校に送らなければならない。すでにその効果が現れているのか、片言のドイツ語を話す子もいる。柵の外に出るのは許されているらしく、徒歩や自転車で自由に通りに出歩いていた。









 幸い入り口の所にいた市の職員の人にいろいろ質問し、情報ももらうことができた。簡易住宅の住人はユニット平均40人であるから一カ所に200人が住むことになる。中に入って部屋を見学することは出来ないが、写真で見る限り内部には2段ベッドと洋服タンスが置かれ、キチンとトイレの設備がある。現在計画されている(完成済みも含め)簡易住宅地は市内に30ほどある。単純計算で200x30箇所=6000人となり、宿舎はまだまだ足りないことが判る。今後も候補地を探し出し建設を続けなければならない、ということだ。

 陸続きのヨーロッパとは言え、気の遠くなるような長距離を徒歩で征服し安住の地を求めて来た人たちをこの国は受け入れ保護し、宿舎やその他の生活に必須の条件を与えている。それは戦争や迫害のため保護を求めて来る人を受け入れ、彼らにはAsylrecht(庇護権)が与えられる、と「ドイツ共和国基本法」(Das Grundgesetz für Bundesrepublik Deutschland )が定めているからである。メルケル首相の寛大で温和な政策に基づきドイツは彼らの第一の目的地として欧州最大の難民受け入れ国となっており、その数は80万人に上る勢いだ。しかし最近ではあまりの流入数の多さに与党内からも批判が出て、彼女も緩和策を打ち出さざるを得なくなったようだ。EU共同体諸国も難民流入緩和策として、シリアの隣国トルコに援助金を提出し難民引き受け数を増やしてもらう手段をとったばかりだ。

 ただ政治・政策上の批判だけでなく、実力行使に訴える急進派グループも増えつつある。ドイツ内の避難民施設への放火・破壊・人身攻撃事件はすでに1300件に上っているのが現状だ。ドイツ人の心は難民に対する歓迎と敵対の感情の間で揺れ動いているが、それが来る新年にどのような方向に進んで行くか、一瞬たりとも目が離せない。

2015年12月12日土曜日

屋台のお引っ越し


 クリスマスまで後2週間を残すのみとなりました。そんな中連日クリスマスマーケットに出かけて来る市民と近郊の人々の数も増える一方です。中には大型バスでオランダから来る人も沢山います。国境近くに住む人は首都アムステルダムへ行くよりこちらの方がずっと近いので団体でやって来るのですが、バスはすべて見本市の駐車場にパークしあとは市中心まで地下鉄で行き、中国人の爆買いほどではないけどかなりの量の買い物をして夕方帰って行きます。

 デュッセルドルフのマーケットは一カ所に百以上の屋台を集中的に並べる大広場がないので、市内各所に散らばっています。一番大きいのはやはりアルトシュタットで地下鉄駅Heinrich-Heine Allee周辺と市庁舎前に各数十軒、そしてそこへ行くまでの通りにもかなりの屋台が並びます。

 あとはSchadow-PlatzSchadowstraßeにやはり数十軒ずつ立ちますが、後者は去年まで地下鉄工事でごった返していたため設置されませんでした。今年はそれもほぼ終わったため(新地下鉄は来年2月開業)また復帰しました。でも経営不振であちこちの都市で店を締めているデパートのKarstadtの大クリスマスツリーが見られないのは淋しい限りです。

 もう一カ所例年賑わうのは演劇場前の広場です。しかしここはトンネル工事現場の近くであるため運搬車の出入り、工事材料と機械の置き場となり、今年のマーケット屋台はすべて移転を余儀なくされました。さて移転先は…?

 なんと新トンネルの反対側(東側)に移ったのですが、そこは新装なったKö-Bogenのすぐ横なのです(最初の2枚の写真)。この高級ブティックと化粧品、宝飾・高級時計、レストラン、カフェのある流線型のビルの直ぐ横に煙を吐き出す焼きソーセージや立ち食い客の集まるクレープの屋台、大きな音楽をかなでる子供用メリーゴーラウンドが設置されているのです。確かにその方向に流れる人の群は途切れませんが、人々はそこから直ぐ目と鼻の先のアルトシュタットに足を速めるので、モダンな新ビルに入ってショッピングする人は少ないと見ました。Kö-Bogen側はむしろ迷惑がっているのではないでしょうか?








 今日嬉しいことを発見!南行きトンネル完成と共にImmermannstraßeの車道もすっきりとし,目の前に広々と延びるように見えますが、一方歩道の方もあちこちに置かれた黄色の遮断柵がかなり取り除かれ、新しい敷石が置かれ、徐々に進展が出ています。クリスマスが終わり新年が始まる頃には歩きやすく快適な新「日本人通り」がお目見えしていることでしょう。
 

2015年12月7日月曜日

シーズンのお菓子


 クリスマスシーズンはお菓子の季節と言って良いでしょう。町の菓子店やデパートの菓子売り場にはクリスマスに因んだ菓子が所狭しと並びます。その中で先ず目を引くのは「アドヴェントカレンダー」です。これは121日からキリスト誕生の24日までの日付が記された窓つき縦長の箱で、その中には粒チョコレートが一つずつ入っています(他にいろいろなバリエーションがあり、チョコの代わりに小さな玩具の入ったのもあります)。それを子供たちは「もういくつ寝るとクリスマス…」と楽しみにしつつ毎日開くのです。

 








 Advent(アドヴェント)とはラテン語で「到来」を意味します。キリスト誕生を神の子の到来である、と聖書が伝えるところから来た語です。今年は私たち夫婦にも知人の家族から大きなアドヴェントカレンダーが贈られました。有名なLindt社のものでハート型、縦50cmもあります。そうなると中味はもう粒チョコではなく、ちゃんと包装紙に包まれた大きなチョコレートが毎日出てきます。今日6日の窓は特に大きいなと思ったら、サンタが出てきました!そう、今日は聖ニコラウス(サンタクロースの日)でした。

 クリスマス菓子といえば何といってもStollen「シュトレン」です。この焼き菓子は最近日本でも良く知られるようになったようです。しかしネットの広告等で「シュトーレン」と書いたものもありますが、lが二つ並ぶ語の前の母音は短く発音するのでシュトレンが正しいのです。










 これには中に入れる材料でいろいろバリエーションが出来ますが、主なものはバター、ケシの実、マジパン、ドライフルーツ類(レーズン、オレンジピール)、アーモンド等が入り、中味により値段が変わりドイツでは今年1キロ1318ユーロで売られています。

 自分で焼く場合レシピーもいろいろ見つかりますが、材料も沢山、手間もかかりそうなので私は二の足を踏んでいます。先ずこれはイースト入りで室温30℃ほどで捏ねた生地を長時間発酵させなければなりません。ドイツの冬の台所でも精々24℃くらいですから、これを作るときはお母さんはかなり緊張し、「キチンのドアを開けて入らないで!」と子供たちを叱ります。四角に延ばした生地の両脇を,赤ちゃんのおくるみのように巻いて出来上がりに多量の粉砂糖をかけるた形が,白い布にくるまった「幼子キリスト」のようであるということから,クリスマス菓子として好まれるのです。発酵が少しずつ進むので、 開けてもすぐに食べないのが美味しく食べるコツです。

 もう一つクリスマスのお菓子として「プリンテン」も忘れてはなりません。これにはほとんどいつもアーヘンという地名がついていますが、これはオランダやベルギー国境に隣接する、ドイツの古い町の名前です。古代世界が終わり中世欧州が始まったのがこの町で、その立役者がカール大帝(シャルルマーニュ)でした。

 この町と周辺で19世紀初頭から作られ始めたのがプリンテンで、その意味は「押し付ける」、「押さえつける」というものです。写真でご覧のような平たい板状の形をしており、中には蜂蜜、香料等が入っています。ソフトなタイプもありますが、ハード(硬い)な種類には歯が折れそうになるものもあるのでご注意を!。時に中には歯にガリッと当たるものがあり、石かと思ったら岩塩ならぬ岩砂糖?だったこともあります。この町には妻の兄一家とその子供や孫が沢山住んでいるので我々もよく訪れます。最も有名なプリンテン専門店はKlein(クライン)といいますが、町の中心にある店では年中プリンテンを買うことが出来ます。クリスマス時期には毎年同社がデュッセルドルフのクリスマスマーケットに自社の製品を売る屋台を出します。

 シュトレンにせよプリンテンにせよ、徐々に日本のインターネットなどで紹介され知られるようになってきました。作り方のレシピーまで沢山見られます。願わくは日本であまり有名になりませんように、またバウムクーヘンの例のようにドイツ以上の豪華でおいしいものを作らないで欲しいものです。ドイツ在住の私たちから友人・知人にプレゼントとして送るドイツのクリスマス銘菓に事欠くようにならないとも限りませんから!