2013年1月14日月曜日

ユーハイム物語


 ドイツの経済雑誌brand eins“ 元旦号は「好奇心を持とう」特集で、そこに「おふくろの味」(Wie bei Muttern)と題した記事に目がとまった。副題には「バウムクーヘンはドイツの特産物、しかしこの菓子がもっとも人気があるのは日本だ」とある。3ページにわたる長い記事は、このドイツ菓子を日本に紹介し広めた菓子職人カール・ユーハイムの「驚くべきキャリア(経歴と成功)」を取り扱っていた。

 時は20世紀が始まったばかりの頃、場所はライン河畔ローレライの岩からわずか10キロほどの所にあるカウプの小村だ。ライン河の中にある小さな島に建つ、かつての通行税徴収所プファルツ城と背景のグレーフェルの古城で有名な観光地だ。今日でも人口は800ほど、100年前にはどれほどの人間が住んでいたのだろう。

 この村に住むユーハイム家の13人兄弟で10番目のカールの将来は明るくなかった。「これだけの兄弟がいたら、俺の遺産取り分はどうなる?」と、自力で一旗揚げようと出かけたのが中国の青島だった。そこで店を開き商売が上向き始めたとたん第一次大戦でドイツが敗れ、彼は捕虜として広島の収容所へ送られた。そこで働いていた1919年のこと、折から開かれた国際ドイツ物産展に彼はバウムクーヘンを展示しそれが日本人の間に大きな成功をおさめたのだ。自由の身となった翌年、ドイツから呼び寄せた妻エリーゼと共に横浜で菓子店を開いた。しかし関東大震災(1923年)のためまたまた移転を余儀なくされ、開店したのが神戸だった。

 神戸でその後22年間カールはパン、タルト、そして後日この店の看板商品となるバウムクーヘン(最初は「ピラミッドケーキ」と言った)を焼き続けた。店が繁盛するにつけ、日本人従業員を雇い彼らをドイツ式に訓練した。ユーハイム夫妻が死去した後、彼らがこの店(企業)を受け継ぐのだが、この記事のインタビューの相手である河本武氏現社長も最初の従業員の一人の家系から出た人である。

 ユーハイムの店の繁栄はまた第二次大戦によって阻まれる。1945年原爆投下の数週間後にカールは他界し、エリーゼも本国送還となる。しかし河本氏の父親を中心としてユーハイムは再建され、8年後にエリーゼを社長として迎える。息子の武氏自身もドイツに留学し菓子作りの技術を学んだが、帰国後彼のやったことはユーハイムの全商品にドイツ語の名前をつけ、全体をドイツ風の店(企業)にすることだった。「ピラミッドケーキ」転じ「バウムクーヘン」の誕生となる。エリーゼが死去したのが1971年、ユーハイム夫妻は文字通り日本の地に骨を埋めたのである。「驚くべき経歴・成功」というこの記事の副題は実に適切である、と言わなければならない。

 70年代にユーハイムの名のついた店は300ほどだったが、今日年間300億円ほどの売上高を誇るこの大企業のその後の発展状況については書く必要はないだろう。今日ではドイツ菓子のみならず、ウイーン、フランス菓子のために別個のローゼンハイムとペルティエの商標をもつ品も販売する。詳細にわたる歴史はWikipedia日本語版を参照されたい。

 「バウムクーヘンはドイツであまり見かけない」と記者が書いているように、確かになじみの薄い菓子かもしれない。ドイツ人の我が妻も「学生時代日本で初めてバウムクーヘンを食べた!」と言う。しかし日本人が多く住むデュッセルドルフでは需要があるのか、有名菓子店ハイネマンに置いてある。値段は1キロ46ユーロで、日本のそれは5300円弱だから大した違いはない。この写真の品で300g弱、約14ユーロだった。一度日本のものと並べて味比べをしてみたいものだ。ユーハイム高級品の「ケーニクスバウム」は7000円になるだろう(ユーハイム通販価格で調べる)。きれいな化粧箱、筒、缶などの費用が込まれているからだろうか。

(追記:「ユーハイム」は、元の綴りはJuchheimであり、カナ表記では「ユッフハイム」に近い。しかしこのフもfuhuではなく、我々の苦手とする喉の奥で発音する子音のchである。創業当初から、日本人に易しく発音出来るようにユーハイムとしたのだろう。ドイツでも珍しい姓らしく、デュッセルドルフの電話帳では0、ベルリンを初め国内の百万各都市でも2、3名しか見られない。)

2 件のコメント:

  1. 三千男さん。ユーハイムの歴史や日本での発達を記述され認識を新たにしました。神戸の元町商店街には年数回訪れますが、第一次大戦からの歴史あるケーキですね。デパート売り場や元町入り口のユーハイム本店のウインドウをちらっと見ていた程度でしたが次回からしげしげ見ることに変えましょう。大阪の山さん

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  2. 山さん、この雑誌が、なぜ今の時期にどういう契機でこんな記事を載せたのかはわかりません。とにかく面白く読ませてもらいました。紹介記事を書いてもなんらの代償も受け取らない良心的な雑誌だ、と以前自社の製品について書いてもらった我が妻が言っていました。
    日本のバウムクーヘンの高級化していることには驚くばかりです。インターネットで見ると、和風にして色とりどりの風呂敷包みにしたものや、メロン型にしたものもあり、本場ドイツのバウムクーヘンが貧弱に見えますね。しかしバームクーヘンと表記するのが多いのはちょっと…?!

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