2015年4月15日水曜日

その後のインマーマン通り


 春の訪れと共にデュッセルドルフ中心地の工事も活発になってきました。以前この町に住んでおられたOB、OGの皆さんに近況ご報告が遅れ申し訳ありません。皆さんにとって懐かしい日本人通りImmermannstr.のトンネルの完成が近いことを先ずお知らせします。


 ご覧の通り地上にはまだ掘り返した土や瓦礫、コンクリートが積まれていますが、トンネンル入り口はもうチャンと出来上がっています。従来、市の北から中心部に入って来る線は高架であり(以前の「ムカデ道路」で進入は南方面一方のみでした)、最高地点からまた下り、Immermannstr. Berliner Alleeに別れ平地に戻っていました。それがそっくり南北両方面行きのトンネルと様変わりし地下に潜ります。そしてその上に出現するスペースは、市民が散策を楽しむための緑地地帯となるのです。すでに新設なったKö-BogenHofgartenから延びる池が緑地帯の一部として完成、それを楽しむ市民の数も増加しています。



 鉄鋼関係の巨大企業として有名なTyssen-Kropp社が入っていたあのビルは、両者のルール地方への撤退と共にしばらく空き家となっていました。脇の方の壁が取り壊され、これであのユニークな形のビルが完全撤去されるのかと一時心配しました。しかしそうではなく、単なる改装工事だったようです。それも順調に進み、以前とは異なる新しいライトブルーのロゴがつきました。どこの企業が入るのでしょうか、そして以前のものに取って代わるビル名はどうなるのでしょう?


 もう一つImmermannstr.の大きな変化をお知らせします。それはOststr.との角の辺りのビルの取り壊し作業が年頭から始まり、工事がかなり進んでいることです。スペインカフェー、フルーツショップ、コンピューター修理店(日本人専門)、そして日本人向けお総菜の店「丸安」とレストラン「Donドン」のあった所です。これらの店はすべて取り壊されました。その工事現場の様子を写真でご覧下さい。

 「丸安」の社長Aさんのお話では、新しい総菜店とレストランはImmermannstr.11番地、新トンネンルの出口のすぐ横辺りに移転するということで、3月には新装開店となる、と聞いていました。先日その場所に行ってみましたが、表のガラスに紙が貼られ中の様子は判りません。恐らく工事が遅れ開店は4月中(5月?)となるのでしょう。近辺で働くビジネスマンもお店の従業員さんたちも「お昼に食べるものを探すのに不便しています」と嘆いています。スペースは今までの何倍かの規模となり、レストランには天婦羅専門のカウンターも出来るということなので,日本館以来の名職人Uさんのすばらしい天婦羅が味わえることとでしょう。他のお客さん同様私も一日も早い再開店を心待ちにしています。

追記 上から4枚目の写真の建物とロゴについて。Dreischeibenhaus(三枚板のハウス)が名称。真ん中最高94mの建物を挟んだ3棟(枚)からなっている25階建て利用面積3万平米の建物。その3棟を表すのが新ロゴである。

2 件のコメント:

  1. 三千男さん。僕たちがデュッセルドルフに駐在地を設け何かある時インマーマン通りに行った頃は、冨士製鉄(当時)との関係が多く、会社幹部(社長や副社長等)は、ヨーロッパに出ていくには財界、商工会での付き合い以上に当時の会社株の持ち合いに関連していました。新日鉄になっても冨士系の名古屋、広畑などが付き合い相手でした。駐在場所は僕と当時の副社長とで決めました。1975年ごろの話。約50年前。今は、フランクフルトに変わっています。時代が変わりました。変わるのは当然ですね。新しいインマーマンにもういちど行く機会があるのかな。大阪の山さん

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    1. 私が初めてImmermannstr.に足を踏み入れたのは1976年のことでした。ホテルニッコーが出来たばかりの頃でした。あれから数十年、ずっと町の変遷を見てきました。
      地下自動車道が完成した暁にはぜひ奥様共々おいで下さい。そして新装なったこの日本人通りを一緒に見ましょう。

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