L君が次に合格を目指している日本語能力試験3級では、「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」という合格認定の目安がある。彼が沢山買い入れている「模擬と対策」の参考書にも、かなりの日常的日本語に関する問題が載っている。
全世界で延べ60万人の受験者がある試験だから、採点者側も大変であることはうなずける。それで試験方法はマークシートを使い4択、3択になっているのだが、( )内に数字を入れたり、与えられた語を正しい順序に並べたり、試験を作る方も大変な苦労をしていることがうかがえる。しかし時には、我々日本人にも正解が分からない、ひねくった設問も見られる。
一例を挙げると。「赤ちゃんが寝ている=A( )、洗濯をしましょう=B。」という文に、他の選択肢のほかに、どちらかを入れるべく「うちに」と「間に」の二つが残った時はどうするか?「あるつづいた時間」とか「時間的な間」という意味のこの二語は、どちらも入れられるように思えるが、ここでは「間に」が正解となっている。「寝ているうちに」は誤りであると誰が言えるか?別の例では「エアコンは、暑くならない( )買っておいた方が安く買えて良いですよ」という例文では「うちに」が正解となっていて、説明には英語(その他中国語、韓国語もある)で"Do B before situation A changes"(状況Aが変わる前にBをせよ)とある。この場合Bは「エアコンを買うこと」そしてAは「暑くならない(今は涼しい)という状況」だが、「暑くならない間に…」はまったくの誤りか?筋の通った説明を求められる教師側が困惑する例ではある!
3級では「日常的場面での日本語」の習得ということで、日常会話的表現もしばしば現れる。「彼女がどうしても行きたいっていうことだから、コンサートの切符をプレゼントした」という例文に関してのL君の質問。初めの「って」=「と」の促音便化という説明で解決。次に「なぜ、ことだ、が入るのですか。入れなければならないのですか。いうからで十分なのでは」?「L君、仰せごもっとも。でも日本人はよくこういう慣用表現をするのですよ」で済ませていいのか?あなたならどう説明します?
最後にもう一つ面白い例を。「英語にせよ、ドイツ語にせよ、外国語は若い時に習う方が良い」という例文で…
L君:「せよ」は「する」の命令形ですよね(と鋭いコメント!)すると、もう一つの命令の形「しろ」でもいいですか?「英語にしろ、ドイツ語にしろ…」と? (パーフェクト、お見事!)
L:なぜこんなところに「する」の命令形が突然現れるのですか?
私:ここでは「にする」となっていることに注意して下さい。「にする」は選択の意味があり、多くのものの中から何かを選び出すという意味がありますね。沢山の料理が並んだメニューを見ながら、「お昼はなににする?私はラーメンにするけど」「じゃ、僕は寿司にするよ」というように。ここの文章では、沢山ある外国語の中から英語やドイツ語を例として選んで話題とする…ということになりますね。(我ながらうまい説明をした、と自負しているが?これで正しいのでしょうか?自信ありませんが)
L:3級では「敬語」も大切なテーマで試験に出ないかと心配しています。「せよ」とか「しろ」という命令の形では敬語を使う時失礼では?「英語に、ドイツ語にして(なさって)ください」、とでもいうのですか?
私:(これには思わず吹き出してしまい)こういう慣用句はそのままでいいのです。文末さえ丁寧にして、「若い時に習う方がいいです(よろしゅうございます)」とすれば敬語として十分です。
我々の授業風景はざっとこんな調子である。さて年に2回の日本語能力試験はいよいよ7月5日に開かれる。L君の私との最後の授業はその前日の4日土曜日だ。今まで皆勤賞のL君だから、きっと3級もパスするだろうが、当日はあまりひねくった、意地悪な問題が出ないようにと祈るのみだ。