ドイツ語のGasometer(ガソメーター)はガスタンクのことであり、製鉄所の高炉から出る廃棄物の炉口ガス(Gichtgas)を貯めておくためのものである。鉄鋼産業盛んなりし頃にはそのようなガゾメーターが各地に建造され活躍していた。過日ルール地方のオーバーハウゼン市にあるガゾメーターを訪れた。と言っても目的は工業施設見学ではない。それについては後述する。
(ガスタンク美術館の全貌と展覧会入り口)
1927年−1929年に建造されこのガゾメーターは、第二次世界大戦中連合軍の爆撃により大きな損害を受け、1945年には操業停止に追い込まれた。終戦後修理され操業は1988年まで続いたが、その頃からより経済的な天然ガスに押されたため、再使用されることはなくなった。
90年代初め、市はガゾメーターを解体するか再利用するかの決断に迫られた。結局市議会は一票の差をもって改築する決議をし、1600万マルクを投じて現在あるような展覧会場に造り替えた。高さ117m、直径68m、窓なしのガスタンクは大変身を遂げ、モダンな照明装置を備えた美術展覧会、各種展示会、コンサート、演劇等に用いられる一大イベント施設となったのである。
(内部の展示会場は直径60m、高さは4.5m)
我々が訪れた美術展は“Der
schöne Schein“と名付けられ、今年4月から12月まで開かれている。この題名のSchein(英語のappearence)という語は訳すのに苦労するものだ。ここでの意味は「外見、見せかけ、うわべ」となるだろうが、ドイツ語の“Schein und Sein“(外見と実在)から分かるように、「実体のない、外見だけ、うわべだけのもの」というかなり消極的な意味をもちそうだ。それは開催されている展覧会の性格から明白になる。
(ビーナス像と絵。観覧者のサイズと比べると大きさが分かる)
今回の展示物は、ルーブル(仏)、テートギャラリー(英)、NYモダンアート(米)、ウフィツィ(伊)、国立美術館(独)等、全世界屈指の美術館から集められた絵画と彫刻を合わせ200点に達する。 時代は古代からピカソにいたるまでの何千年にわたる名画・傑作が揃っているのだが、原画、原物は一点もない!各時代、異なった文化における異なった美の表れ(表現)を一カ所に集めた、というのが謳い文句であるが、展示絵画はすべて大型写真に引き延ばしたもの、会場のあちこちに立つ彫刻も原物のコピーなのである。要するに「世界美術全集」の本を別の形で展覧会場に並べたものだ、と言って良いだろう。
(会場中央の床をくり抜いて展示された天井画)
その結果ボッティチェリの「ビーナスの誕生」の絵と並んで「ミロのビーナス」の像が置かれるし、「モナリザ」(原画は77x53cm)が見上げるような広告写真のサイズとなる。北斎の「神奈川沖浪裏」も原画とは比べものにならない大きな波で観覧者を飲み込みそうだ。(モナリザも北斎も手ブレ写真になったのでお見せ出来ないのが残念!)映像とか写真、コンピューターの技術を駆使して大きなコピーを作ったので、我々は今まで見落としていたデテールに気づかされ驚く。窓は一つもない展示場であるから、展示物にはすべて照明が当てられ独特な雰囲気がかもし出される。いろいろな点で興味深い、新しい経験の展覧会だが、芸術作品の鑑賞という点からは何か満たされない印象も残るのではないだろうか。「この展覧会は原画・原物の(実体)展示ではありません。それは文化域と時代を超えて外に現れた(外見の)様々な美の現象を、
現代の技術を駆使して皆様にお見せするためのものです 」という主旨で主催者は“Das schöne Schein“という題名を決めたのだろう。
(ふんだんにライトを使った展示方法は魅力的だ)
天井まで4.5mある展示会場の上は500人収容出来るシアターの領域で、そこでは320°(40°はプロジェクター等のため)にわたり「光の展示」が行われる。100x60mの壁と天井一面に映し出されるグラフィック模様は、椅子に座った位置では一部しか見えないので、観客は用意されたクッションを使い床に寝そべって天井と壁を見上げて鑑賞するという趣向だ。これまで知ることのなかった"light & form"(光と形)の新体験であった。
(屋上からルール地方の緑を望む)
(前方の小山はかつてのボタ山で約100m、ガゾメーターとほぼ同じ高さだ)
暗い会場からエレベータで屋上に出て新鮮な空気を吸い込み、眼下に広がるルール地方の山野の緑をしばし楽しむ。自然の光の中に生まれる美と、現代技術の粋を尽くし作られる光の美の両方を楽しんだ半日であった。