毎日コンクリートの家やアスファルトの道路に囲まれ、自動車の排気ガスや騒音に悩まされつつ生活する都会の人間に、土を耕し種を蒔き苗を植え、野菜や果物を育てつつ自然に接する喜びを与えたい、という願いで始まったドイツの家庭菜園運動は長い歴史を持っています。それは19世紀初頭ライプツィヒの医師シュレーバーが提唱したもので、その名をとって「シュレーバーガルテン」と呼ばれました。その他いろいろな名称がありますが、現在では一般に「小菜園」(Kleingartenクラインガルテン)と呼ばれています。
かなり前のことですが、菜園活動に関心のある日本からの客を案内してデュッセルドルフ南公園内にある「家庭菜園」を訪ねたことがあります。菜園は個々人がやるのではなく、いくつかのユニットが集まって協会を作っています。その時園の協会長と技術助言者の方に会い、いろいろ興味深いお話を伺う機会がありました。各都市で公園課の管理の下、統計によればドイツにには現在15,000ほどの協会(最大は1,300ユニット、最小は5ユニットをもつ)があり、属するメンバーは967,240人となっており、これはヨーロッパ最大の数字です(次はポーランドの80万人余)。通常中心となる場所に、会議集会所、共同作業機械の置き場の建物があり、レストランを備えている所もあります。
南公園内には菜園ユニットが200以上あり、一つの平均面積は300平米以上あります。「これだけあると、日本では庭付きの家が建ちます!」と先ず日本人たちの驚くことしきり。驚きの二つ目は、野菜が少なく観賞用の花栽培が特に目についたこと。「菜園の本来の主旨に合わないのでは?」この点は役員諸氏もうなずき「確かにそれが我々の抱える問題点なのです。規定ではユニットの三分の二に有用植物を植えることとなっていて、これには各種野菜の他、リンゴやナシなどの果樹も入ります。マツ、スギ、コニファー類を植える人もいますが、森の植物なので庭木として認められないし、薦められません。それに装飾用の色ランプや提灯、庭園用の人形をたくさん置く人もいますが、過ぎたデコレーションは望ましくありません。私たちはあまり喧しく言わず大目に見ていますが。」と話していました。
つい数日前我が家の近くにある菜園の写真を撮りに出かけた時、「お入りになりませんか?」と 親切に声をかけて下さった人がいました。この写真でお判りのように、ユニット内の家(ヒュッテ)にはほとんど普通の家の住居と同じくらい、電気、水道、ソファー、ベッド、台所施設、そしてパラボラアンテナ等々設備が整っています(以前は電話線も。今は携帯電話の普及で不必要となった)。時間は午後の5時過ぎでしたが、奥さんは食事の準備はしていない様子でした。「今は断食の季節(ラマダン)で、日没の10時頃まで食事をすることが許されません」というご主人の談から、イスラム教国から来た移住民の一家であることがわかりました。
菜園の使用料は年間370ユーロほど(1日1ユーロ強のみ)、メンバーの平均年齢は55歳で、これは少し前の60歳から5歳ほど下がった数字です。年金受領者には畑仕事や園芸に従事する喜び、種を蒔き、苗を植え育て、収穫する喜びを、職業をもつ人には日々の仕事からの解放を与える家庭菜園。また上のような移住民の家族(菜園メンバーは75,000人を数える)には、菜園作りを通して同趣味のドイツ人とのコンタクトを可能とするチャンスを与える(ドイツ政府が力を入れる人種融和統合政策に良く合っている)菜園は、今後も益々盛んになっていくことでしょう。特にこの数週間快晴の続く時期、各地の家庭菜園の野菜や花や木々が一年中で最も美しく育つ今の季節、そんなことに思いを馳せました。