ドイツ西端のこの辺りの新年は、時には雨模様にもなったが気温10℃前後で割合温暖に明けた。しかし北東部では寒波到来、アウトバーンも凍てつき事故が続発した。中でも一番その寒さの影響を受けたのは避難民たちだった。
数日前のニュースではブレーメンの難民住宅の暖房・電気が雪のため断絶し,多くの人が別の宿舎に移動しなければならなかったことが報道された。ある学校の体育館に移された難民の子供たちは体温を保つためサッカーボールを蹴っていたが、そんな楽しかるべきスポーツも嬉々として興じることが出来ない様子が映し出され、むしろ悲惨な感じが漂っていた。
経済大国ドイツでは難民が快く受け入れられ、宿舎が用意され、その上なんらかの経済、医療、教育の援助が与えられると知った難民が押し寄せ、ドイツ流入の数もいよいよ110万人に達したようで、政府のその後の難民政策も再考を余儀なくされている。特に小規模の町村では「もう援助に支出する金が底をついた!」と嘆く声がしきりだ。農村地ミュンスターランドのある村では、住民の数より避難民のそれが多くなったという例さえあるのだ。
我が家からわずか1kmの所にあるNordpark(北公園)の南端に出来た簡易住宅に、年末の12月になってやっと難民が入り始めたようだ。全部で200人は収容出来るはずだが年が明けた今も人影はまばらで、子供の姿は見かけるが大人はほとんど目につかず閑散としている。その辺りの道は以前市民はめったに行かなかったが、最近は物珍しいのか散歩をする人の姿が多くなった。そこの道で先日そばを歩いている若い人の「ここに我々の金を掠めとりにやって来た奴らがいる!」という言葉が耳に入った。難民到来の初期の頃の「ドイツは難民を歓迎する」という雰囲気はかなり変わりつつある、と言わねばならない。
それでも避難民援助のためいろいろな活動が行われている。及ばずながら手を貸す道はないのか、と我が家でも話し合った。以前宿舎の門前で市職員に「うちにある自転車とか家具、古着をここへ寄付出来ますか」と訊いたことがある。答えは「直接持って来て手渡すことは許されないので、担当の救助団体などを通して下さい」というものだった。インターネットで調べると、カトリック系のCaritas、プロテスタント系のDiakonie、ドイツ赤十字社等その方面の情報は沢山見つかった。現金の寄付には銀行口座いくつか、物品の寄付には受け取る団体名が記されている。ボランティアとして働きたい人は、医療、看護、教育、保育、手工業等々の分野の特技を持った人が望まれることが判った。通訳はアラビア語やイラン語系、またFarsiとか、聞いたこともないような特殊な言葉がわかる人が求められている。時間はあるので私も出来れば出かけたいと思ったが、どうやら資格不足のようなので諦めざるを得ない。
我が家でも寄付をしたい、と妻が関係団体にメールしたらすぐに返信が来た。それによると現在必要とされているのは、男性用衣服S-M、サイズ42以下のスニーカー、幼児・子供服、おむつ、フライパン、鍋、皿、コップ、カトラリー等、但し良い保存状態のものという条件付き。自転車も粗大ゴミ同様のものはかえって迷惑になるので、状態を調べてから受け取る由。このように具体的に判ると寄付をするのも容易になったので早速手はずを整えたい。
昨夜のTVニュースはまだシリア本国にいる人々の悲惨な状態を報道していた。瓦礫の中でもう長期間飲み食いするものがなくやせ細った人々、特に子供たちの姿が思わず目をそむけたくなるほど哀れだ。いつになったら人間は憎しみの心を捨て、戦争という愚かな行為を止め、平和に暮らすことを学ぶのだろうか?
三千男さん。難民問題は、ドイツにとっても想像以上に難題ですね。お宅からわずか1kしかない所に避難所があるのは、落ち着かない話。何の犯罪に巻き込まれるか、今後が心配ですね。宗教的なこと、避難民としての節操感、男女のイスラム意識、単なる物的な盗難など被害に遭う危険は大きいですね。十分ご注意ください。キリスト教的な無防備な美意識だけで動かないように。大阪の山さん
返信削除人道主義的愛の精神で行動しても、国や民族の考え方文化の違いから思いがけない反応が起こることがある。そんなことが戦争避難民を受け入れて以来、欧州各地に起こっているようです。それでも諦めず、自分の確信の行くように行動を続けようと、ドイツ人の半数は決心しています。
削除