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2013年11月28日木曜日

クリスマスシーズンの開始


 今年もクリスマスマーケットが始まりました。正式に営業が許されているのは1121日から1224日までの1ヶ月と3日です。もっとも都市によっては市が終わってもイルミネーションを1月半ば(3人の博士の祭日)まで残す所もあります。昨日さっそく町中の市場(マルクト)を訪ね写真を撮ってきました。当市の数カ所に別れた各マルクトはそれぞれテーマを掲げて競い合っているので、それをご紹介しましょう。

. 地下鉄H.Heine-Alleeを降りて地上に出るとすぐ左側に目に入るのが、ラファエロの名画にある沢山の天使(童子)を飾りつけたユーゲントスタイルの屋台です。天からの光に照らされた可愛い子供の天使が行き交う人々を歓迎してくれるここは (Engelchenmarkt) 「天使の市場」です。

.数十メートル歩いて道路を越えるとそこはWilhelm-Max-Hausの中庭です。ここはブルーのライトとキラキラ光るクリスタルの装飾をテーマにした(Sternchenmarkt)「星の市場」と名付けられ、グリューヴァイン(ホットワイン)や名物焼きポテト(日本のサツマイモのジャガイモ版)、それに装飾品、部屋のデコレーションを求める人々が訪ずれるのを待っています。

.旧市街(アルトシュタット)の入り口から始まるFlingerstr.には恒例のピラミッドが立っています。これはグリューヴァインを売るスタンドで、その後に続くクレープやソーセージ、シュトレンの小屋を含め、最も大勢の訪問者が飲食のため足を止める所でしょう。この通りに立ち並ぶ屋台は古いデュッセルドルフの民家風に建てられています。


.市庁舎前のマルクトは「手工業者の市場」(Handwerkermarkt)です。伝統豊かな技術をもった鍛冶屋、ガラス吹管工、ろくろ細工師、皮職人、彫刻師等が、訪問者の目の前でいろいろな作品を作り出し、売っています。昔ながらのドイツ土産を求めるにはここが最適でしょう。

.10月末にオープンしたばかりのKö-Bogenの前、今年のSchadow-Platzのマルクトの大きな様変わりに驚きました。毎年大クリスマスツリーが立ち、大きな音楽が終日鳴り響く広場がLEDライトをつけた白一色の屋台となり、ツリーも天使も音楽もなしでひっりと落ち着き静かな雰囲気になっているのです。「雪小屋の村」(Schneehüttendorf)は北欧風にまとめられ、超モダンなBogenの建物とすばらしいコントラストをかもし出しています。

.演劇場前広場(Gustaf-Gründgens-Platz)のマルクトは、小さい子供たちのための天国を狙い、市内で唯一のメリーゴーランドを用意しました。ここの屋台は丸太の山小屋風、もちろん食べたり飲んだりするヒュッテは数十軒並んでいますが、大きなアトラクションは450平米あるスケートリンクです。今日は木馬館にもリンクにも子供の姿はほとんど見えなかったのは残念、まだクリスマスシーズンは始まったばかりだからでしょうか?

 さて次の日曜日(121日)からいよいよアドベント第1週が始まります。 年に一度のこの美しいシーズンを楽しむために、きっとどのマルクトにも沢山の人が出かけて来て賑やかになることでしょう。

2013年11月19日火曜日

ちょっと見ぬ間に…


 私のface bookの友人のうち7割以上はデュッセルドルフに住んでいるか、かつてここに住んだ人です。特に後者の方々のために、時々この町のニュースをお知らせしなければならない、という義務のようなものを私は感じます。そこで今日はこの町の、特に中心部の近況をお知らせすることにします。

 10月後半日本旅行のため留守をし、しばらく見ぬ間にデュッセルドルフの町の中心部が大きな変貌を遂げていました。先ずはKö-Bogenの開店です。この建物については20119月に最初のブログを書き、2012年には5月と7月にも建設進行状態を詳しく報告しました。それが私たちの日本旅行中の今年1019日遂に一般公開され、高級専門店、事務所、飲食店が営業を始めました。私は帰独後すぐに行って店に入りましたが、すべてが余りにハイクラスで高い値段のついたものばかりだったので(例えば、防寒用アノラックが500ユーロ台、コートは1000ユーロ以上等)、怖じ気づいてすぐに退散しました。入店する人の数は多いのですが、レジに並んでいる人はまばらです。この建物実は開店数日前にボヤがあり、そのためか建物の半分はまだ開いていません。反対勢力の放火だったようだ、という報道もされていました。

 すばらしくきれいでモダーンな建物が出来上がり人の出も多くなったため、そのすぐ前を路面電車が走り難そうに徐行しながら通っています。これもやがて地下に移るでしょう。それはそうとWehrhahn線の地下鉄工事の方はどうなっているのでしょう。作業が地下だけに、地上の我々の目にはあまり留まらないので進行状況がさっぱりわかりません。

 Jan-Wellem-Platzを中心とした、そしてSchadowstr.に延びる工事現場も幾分片付いたようで、まだ高いクレーンは立っていますが、以前と比べ少しすっきりしてきました。Berliner Alleeから北に向かっていよいよ自動車用のトンネルが完成間近のようです。まだ車自体は入れませんが、トンネル入り口にはAltstadt、 Oberkassel方向への電光標識がつきました。北方向へ直進の入り口には働いている人の絵とバッテンが灯っているので、まだ工事が完成していないことがわかります。

 日本人通りImmermannstraßeはまだ工事の最中で、最近は大きなクレーンが入り、アスファルト道路が掘り返されています。10番地を堺にして上の方(中央駅の方向)は何も手をつけていないので、今後この通りの自動車道路はどうなるのか、一部地下のトンネルになるのか、今の所皆目見当がつきません。とにかく将来も我々が一番利用することの多い通りですから、使いやすい走りやすい道にして欲しいものです。

 11月半ばの週末ともなれば町はクリスマスマーケットの準備が始まります。ご覧の通り例年のお馴染みの小屋がすでに運び込まれました。でもアドベントまでは売り買いできないのか、商品はまだ並んでいません。ただ日本からの観光客にもお馴染みの、1年を通してRothenburgの町でクリスマスデコレーションを売っているKäthe Wohlfahrtの小屋にはもう品物が陳列され、売られているようでした。子供たちもお小遣い稼ぎのため、人通りの多い街角で早々とレコーダーとバイオリン2重奏のクリスマスキャロルを演奏開始です。人々が忙しく行き来する広場でマーケットの小屋を目にし、キャロルを耳にすると今年もクリスマスシーズンがやって来たことに気づきます。今朝も5℃の寒さが身にしみます。出かけるには厚いコートが必要となる季節になりました。



2013年11月11日月曜日

日本旅行(5)東京ドーム、サンシャインシティ



 日本旅行最終日も子供中心のプログラムにして、かの有名な読売ジャイアンツの本拠地を背景にした場所にある東京ドーム・シティアトラクションズの遊園地行きを決めた。残念ながら朝から小雨模様だったが、まだあまり来訪者がいない10時開園早々に入場した。


 ここのジェットコースターと観覧車を見るだけで、この園のスケールの大きさがわかる。天にも昇る高さのジェットコースターは絶叫マシーンそのもの、Big Oという巨大な観覧車は、世界初という真ん中に全く支えのないフェリス水車型で、その名の通り完全なOの字をしている。遊園地全域は6つのエリアに別れているが、全部の乗り物を楽しむ時間的余裕はないので、我々はラクアゾーンに集中する。降雨のため乗り物のいくつかが運転休止となっていたのは残念(雨が上がったらまた動いたのもあるが)。それとどうしても「ソラブネ」(海賊船)に乗りたかった5歳のユリアは、身長が110センチに達せず、ママやお姉ちゃんたちと一緒に乗れなかったので大いにご機嫌斜めの膨れっ面だった。


 園内にはいくつかのレストランがあるが、寿司が好物である娘婿が、「日本で絶対行ってみたい!」とあこがれていた回転寿司店(海鮮三崎港)を見つけたので昼食に入った。私自身も久しぶりの回転寿司だったが、このビジネスも過渡期に面しているのか、ゆっくりグルグル回るベルト上はほぼ半数の寿司占有率で、あとは空の皿にネタの絵を描いたカードが乗っているだけだ。待っていてもなかなか欲しいものが来ない時は、タッチパネルの写真を見て注文する仕組み。すると、新幹線型の超特急がスピード配達してくれる。これは子供たちに大受けで、このため注文数も増え、積み重ねた皿も高くなった。

 午後からは最後のプログラムで、池袋のホテルと目と鼻の先にある「サンシャイン・シティ」へ移動する。「360°に広がる東京のパノラマ絶景を高い場所から楽しみたい。」との娘婿のリクエストに応え、東京で最も高い60階にある展望台から見せるために計画したのだが、せっかくエレベーターで上がっても、雨のため視界がきかずとても無理。「本日は視界が限られています」という掲示も出ている。展望台は無料ではないので娘が「せめてパパだけでも入ったら。私たちは待ってる」と提案。彼一人で入って行ったがやはり「すぐ目下の近いところ以外ほとんど見えなかった」と落胆して帰ってきた。案内嬢も気の毒そうな顔で見送ってくれた。



 それでもここには立派な水族館があるので、そちらの方へ回ることにした。最初の日の「鴨川シーワールド」とは違った味のある水族館で、特に天女のように白いクラゲの舞い泳ぐトンネルは圧巻。それに加え3時半からのプレゼンの行われる大水槽で、ダイバーによる給餌などをゆっくり楽しむことができたのは幸運だった。

 サンシャインシティからメトロポリタンホテルまでは徒歩16分、夕方の副都心の人込みの中を歩く。地下鉄やJR駅の雑踏とはまた違う街の通りの雰囲気で、ドイツの田舎から来たお上りさんはどんな気持ちで歩いたのだろう、残念ながら感想は聞きそびれた。

 もう午前になっていただろう、また時差のためベッドでウトウトしていると、忘れかけていたあの感触が襲って来た!私にとっても30数年ぶりの地震だ!弱震ではあるがかなり長く続き11階のホテルルームがギシギシと音を立てる 。「ああ、これが大きくなって棚のものが落ち始めたら!?隣の部屋の孫たちがどんなに怖がることだろう?」。そんな心配をしているうちに幸い静まってくれて一安心、私もいつの間にか眠りに落ちていた。

2013年11月8日金曜日

日本旅行(4)鎌倉


 日本に着いてから4泊してもまだ時差の問題から解放されず、夜中に目を覚ましてしまう。それに、連日の強行軍でそろそろ疲労も感じられる。ベッドの中で「明日からの行動は安楽と時間節約を…」と考える。

 10年前に行った鎌倉へ今回もぜひにと、娘から出発前リクエストがあった。特に「小町通り」での買い物が忘れられないらしい。しかし今回(24日)は子供たちのため先ず大仏へ行くことにした。
 
 池袋—鎌倉間は湘南新宿ラインで1時間ちょっとだが、「安楽さ」のため往復ともグリーン車にした。必ず座れるから、と思ったが、ダブルデッカーの2階展望車はほぼ満席で我々7人は別々にしか座れなかった。鎌倉駅から大仏まで時間節約のためタクシーを計画したが空車が少なく、スタンド前の20人ほどの人の列は一向に短くならず、しかたなくバスにする。この頃から生憎の小雨模様となる。


 鎌倉観光の目玉、大仏像はいつもながらの人の群れ。修学旅行生、外人観光客の数も多い。13世紀半ばの建立である(正確な年は不明)と聞いても、「ハンザ同盟成立と同じ頃か!」と、ドイツ人はあまり驚かない。ヨーロッパの歴史は古く、歴史の新しいアメリカからの観光客の反応や驚きとはまったく次元が違う。子供たちは、大仏の頭にとまった鳩がウンチをしていたこと、20円払って入った像の胎内が「すごく狭くて暗かった」ことが印象的だったらしい。

 この大仏様、元は大仏殿があったらしいが今では年中雨ざらし。雨模様のこの日、薄着でもあり寒そうな様子でお気の毒!「鎌倉や みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」(与謝野晶子)とあるように、この仏様はやはり蝉の声が騒がしい夏の季節に訪ねるのが良いのかも知れない。でもこの仏像は阿弥陀如来であって「釈迦牟尼は」はおかしい!「阿弥陀には」としても字余りにはならないのに、晶子さん知ってはいたが、語の調子からそうしたのかな?それはともかくこの大仏さんは、建立後100年も経たずに鎌倉幕府の終焉(1333年)を目撃したのだ(開いているかいないか判らないほどの細い目で!)。
 
 昼食後の「小町通り」はかなりの雨となって歩き難い。混雑も浅草の仲見世とさして変わらないほどの賑わい。一番下のユリア(5歳)は疲れ寝入ってしまって両親が代わる代わる抱いて歩くことになる。そんなわけで、残念ながら鶴岡八幡宮やその他の社寺仏閣は見ずに早々に帰路についた。それらは子供たちにはあまり興味ないかもしれないし。ヨーロッパ観光について来る日本の子供たちが、連日の教会堂・聖堂見学で「またキリストか!」と文句を言うのと同じだ。
 



 
 でも時間が早かったので途中東京駅で下車し「エキナカ」を見ることができた。これは昨日の計画に入れていて実現しなかったもの、何百種類もある駅弁も、ぜひ見ていくつか買ってみたいと思っていた。改札口を出ないでそのまま行ける区域はGranStaと名付けられている。Tokyo Station Cityと別名にあるように、食べ物街をもつ一つの町のよう。まあなんと、次から次へと現れるおいしそうな数多の食べ物のオンパレードであることか!「ねえ…、いろいろ買って帰ってホテルの部屋でピクニックしましょうよ。基本のオニギリとお茶や飲み物はホテルの角のコンビニで私が買ってくるから」という娘の一言で夕食は決まった。鎌倉−池袋までは都内同額なのでそのままの切符でエキナカから山手線に乗り換えた(一旦改札を出ると新しい切符が必要であることは言うまでもない)。


 寿司に焼き鳥、コロッケにロール巻きにサラダ等々と、7人がホテルの一室に集まってベッドに座って食べて満腹したピクニック。これも日本旅行の忘れられない想い出として残ることだろう。

2013年11月5日火曜日

日本旅行(3)銀座、浅草


 東京には22日午後遅く着いた。妹夫婦との連絡を考慮し、本拠地として池袋メトロポリタンホテルを選んだ。その日の夕食はパスタの好きな孫たちのため「サイゼリア」で。美味しくて安いこのファミレスは予想通り気に入り、大いに食べ飲んで全員満足して就寝した。

 次の日東京見物の皮切りは銀座。少しだけ銀ブラするつもりが予定より1時間以上もオーバーした。その理由は?高級専門店を横目で見ながら素通りして先に行ける思ったのに、女共(!)が、カシミア製品の特売をしている11時開店の「ユニクロ」銀座店につかまったのだ。金のかかるはずの銀座で、ドイツでは考えられないほどの安い値段で衣類をあれこれ手に入れられ、興奮と満足で昼食も忘れるほどの女性軍であった。ユニクロはベルリン出店を計画中とか、デュッセルドルフにも来て欲しい、と我が妻は切に願っている。

 浅草は雷門での記念撮影から始まったが、何かいつもと感じが違う。それは例の大提灯の本物がなくスクリーンに描いた絵しかぶら下がっていなかったからだ。高さ3.9m直径3.3m重さ700kgの大提灯は10年毎の修復が必要で、提灯職人の少ない東京を離れ今京都でお化粧直しをされており、里帰りは1118日になると聞いた。仲見世は修学旅行生や外人客等で相変わらずの混雑、ゆっくりした買い物は後回しにして子供たちのサービスのため「花やしき」遊園地へ直行する。


 ここは19世紀半ばにボタンや菊細工を見せる植物園として始まったので、この名前「花やしき」がある。大正—昭和初期には国内有数の動物園ともなったが、関東大震災の折人々の避難所となり、檻を破って出て来る猛獣に襲撃されることを恐れ、薬殺が行われた。園内にはそれらの動物の霊を慰める、美しい花に飾られた慰霊碑が建っている。

 「ディズニーランドより良いよ。だって、全然待たないでも乗れるもん!」と孫たちは興奮気味。フリーパスの腕輪を取り付けてもらって、1950年代に出来た国内最低速のローラーコースターやBeタワー等20近い乗り物類は、入場者は少ないし乗り放題でリーピート自由だ。ドイツを出る前「広い上野動物園を歩くより、花やしきがレトロ雰囲気で絶対面白いわよ」と薦めてくれたNさんに感謝!


 帰路はまた仲見世へ戻る。娘が頼まれていた浴衣などを買い入れる仕事が残っていたからだ。ここでも上手な安価な買い物をして、デパートなら1万円以上は覚悟しなければならない浴衣も、2000円前後で面白いものが手に入った。

 私の計画では、その後新装なった東京駅に立ち寄っていろいろ見学するつもりだったが、もう私自身も子供たちもクタクタの疲労困憊、ホテルに帰ってしばらく休むことにする。

 夕食は埼玉県入間市から会いにきてくれた妹夫妻と、池袋東武デパートのレストラン通りにある「オリーブハウス」で会食。遊びばかりに集中して空腹だった子供たちは好物のパスタを良く食べてくれた。日本のレストランの便利なことは、どのショーウインドーにもワックス製の見本が飾ってあり、それを見て美味しそうなものを指差して選べば良いこと。これは子供だけでなくドイツ人の大人にも大いに助けとなった。食後はまた同デパート内にある「ユニクロ」での衣類のショッピングに!歩いて、食べて、遊んで、沢山買い物をした、素晴らしく楽しい東京第一日であった。

2013年11月2日土曜日

日本旅行(2)東京ディズニーランド


 旅行前に娘が、有名なドイツ語旅行ガイドブックBaedeckerで「東京ディズニーランド」のことを読んだのがきっかけだった。「すごく楽しい所らしい、ぜひ行ってみたい」と。その話を聞いた妹夫婦が「はるばる日本までやって来るなら、ぜひプレゼントしましょう」と、ホテルと入場券を用意してくれた。

 鴨川から幕張経由で舞浜まで3時間ほどかかったが、電車を降りて見た光景は!オフィス街でも住宅街でもない、目に入るものすべてホテルの建物なのだ。その数28という!ここへ遊びにくる人はとても1日では足りない、何泊かしなければ見切れない、ということを見越して建てられたホテルのオンパレードだ。我々もミッキーマウスのモノレールに乗り、駅から専用のバスで運ばれシェラトン・ホテルにチェックインする。

 すばらしいバイキング夕食の後、孫たちはホテルのプールで泳ぐことを所望する。夜のパレードよりも魅力があるらしい。十分泳いだあとは日本風のお風呂に入り、サウナと冷水槽にも。ホテルには至れりつくせりの設備が揃っている。

 一夜明けていよいよディズニーランドへ。「昨夜お城の門を入る夢を見たの。今ほんとに門を入っているのね!」と孫の一人が感激の声を上げる。東京ディズニーランドのシンボルは「シンデレラ城」だ。フェアリーテールホールにはおなじみのストーリーを再現した展示が続き、子供たちを(そして大人も)夢の世界に導いて行く。


 場内のあちこちに30の数字が掲げられているのは、今年が東京ディズニーランド創立30周年に当たるからだ。これを見て妻の喜ぶことしきり、この日1022日は図らずも我々夫婦の結婚30年記念日だったのだ。それで30の数字の入ったお土産をあれこれ買い入れることになった!

 場内が清潔・整頓されているのは実に快適だ。それに各部署で働く人々の態度とサービスぶりは特筆に値する。「東京ディズニーランドのサービスぶりはパリのそれとは比べものにならない」と在独の日本人から常々聞いていたが、どの人にものを尋ねても、微に入り細にわたる親切な答えが返って来る。これは初めての来訪者にとってどれほど助けとなることか!


 これだけの入場者となるとやはり人気の乗り物にはなかなか乗れない。「プーさんのハニーハント」も「ジャングルクルーズ」も待ち時間2時間という!半日しか時間の余裕のない我々は空いているものに行くしかない。それでもメリーゴーラウンドやコーヒーカップ、ゴーコースターでも十分楽しめる。中でも、他に誰もいない「スイスファミリー・ツリーハウス」では 、幸いロビンソン一家の話を知っているママが子供たちにあれこれお話をしながら、急な階段を上り下りし我々だけで30分も独占することになった。

 本当に幸運なことに、場所取りはしていなかったのに、立ったままの我々のすぐ目の前を偶然パレードが通ってくれた。次々と現れるキャラクターは、ミッキーマウス、ドナルドダック、プルートくらいしか知らないが、ここでもママはディズニー知識を発揮し、「あれはメリーポピンズ、あれは◯◯と」子供たちに説明を続けてくれた。

 大人も終日子供の心に返って楽しませてもらったが、この人の群れを見ていたら、内戦の続くシリアの人々、特に哀れな子供たちの群れのTV映像が二重写しになって現れた。世界の一方ではこんなに平和で楽しさ一杯を享受できる子供たちがいるのに、他方では苦しさと辛さの元に暮らす膨大な数の難民の子供たちがいる。そんな問題がいつになったら解決できるのか、という何も出来ない自分の無力に関する空しさと、天はこのような差異や不公平をなぜ、いつまでも許すのか、という大きな疑問をぬぐい去ることが出来なかった。